事実と感情を切り離して考える
事実と感情を切り離して考えることの大切さを最近しみじみ感じています。
客観視と似ていますが、客観視はもっと広い総合的な視点に立ち考えるのに対し、上記は客観視をするための一つのツールといえるような気がします。
現状に不満を持ちつつも、やりたいことが分からない私。
これまで、そのことに関して感情を入れまくって考えていました。自己分析をしてみても、いっこうに答えが見つからない自分を情熱がなくてダメだ、情けないと思ったり、焦りから無理に探そうとしたり、人と比べて落ち込んでしまったり。もう、迷子もいいところです(笑)。こんな時は自信も失いがちで負のスパイラルです。
でも、事実に対して良い悪いの評価を下さず、感情を持ち込まずに、ただ、認識すればいいのでは、ということに最近気がづき始めました。
今言えることは「何をしたいのかがわからない」自分がいる、という事実のみ。
分からないからといって、命がおびやかされているわけではないですし、根詰めて見つけようとしては、精神状態も正常ではないので正しい判断も難しいです。
すぐに物事を判断・評価しようとしない、とは良く本やいろんなところで目にしていたのに、自分事として落とし込めていなかったようです。気が付いたというよりは、最近ようやく腑に落ちた、というのが正しいのかもしれません。
判断を下してしまうと、それに伴って様々な感情がついてくるので、どうしてもフィルターがかかり物事をありのままで見るのが難しくなってしまいます。特にネガティブな判断は上述のように自己評価も下げてしまうので要注意です。
事実を事実として捉えるようになり気持ちが少し軽くなりました。また、「わからない」なりに別のアプローチや作戦を考える余裕が生まれてきました。
やりたいことが見つからないのは、自己分析を机に向かってひたすら頭ばかりでしていたせいもあると思います。思考と行動は並行してやっていったほうが、日々自分の中でのフィードバックがあるので明確になりやすそうです。
なので見つからないのなら、これから探していこうという気持ちで、今年は少しでも気になっていることを試してみたり、自分の中に残った言葉や考えをノートに書いてみたり、試したことに対する自分の反応や気持ちを探っていったり、地道ですが少しずつしていこうと思います。ブログを始めてみたのもそんな理由からです。
そもそも判断・評価をしていることにすら気が付かないくらい無意識的にやってしまっていることもあるような気がしますが、毎日意識することで、少しずつクセを正していきたいです。